1.はじめに

 
「木曽の御岳、夏でも寒い」と、あの有名な木曽節にも歌われる霊峰木曽御岳。長野県の南西部、この木曽御岳の麓に位置するのが「木曽馬とそばのふるさと」としても有名な木曽郡開田村である。標高1,100mの高原の村は豊かな自然資源に恵まれ、四季折々に変化する御岳の眺望をはじめ、俗化されていない農村風情など貴重な資源が今なお色濃く残されている。
 開田村では、今から30年以上も前の1972年(昭和47)に「開田高原開発基本条例」を制定。その後、一部改正を行いながら、この条例をベースに住民と行政が一体となってさまざまな景観形成事業を展開してきた。美しく風格のあるふるさとづくりに向けて取り組んできた諸事業の概要について紹介したいと思う。

 
木曽御嶽山

2.村条例の制定

 開田高原開発基本条例は、御岳を中心とした豊かな自然的・歴史的景観や美しい農村風情などを保全するとともに、快適で潤いのある地域の創造を目指して制定された。72年(昭和47)当初は長野県企業局が開発した保健休養地(別荘分譲地)のみに適用するものであったが、県外業者による乱開発を防ぎ秩序ある開発を進めるために、87年(昭和62)にはその適用区域を全村に広げた。
 本条例ではいくつかの特徴があるが、その一つが「開発基本協定」である。これは次のの通り、一定規模以上の開発を行う業者には開発基本協定の締結により自然保護や景観保全などをより強く義務付けているもの。
(1)宅地の造成、土地の開墾その他土地の形質の変更 面積2,000u
(2)建築物、工作物の建築 建築面積600u
(3)鉱物の採取または土石の採取 30u
 これらの基準を超える開発業者は村と開発基本協定を結ばなければならないことになっており、しかも、この締結の際には村長(行政)だけの判断では行えないことになっている。村長は開発業者から計画が上がった後、開田村総合開発計画審議会へ諮問、審議会からの答申を受けて、その内容を尊重する形で開発業者と協定の締結をしなければならないことになっているのだ。この審議会のメンバーは現在15名。議会議員や観光協会長、商工会支部長、農業委員会長、教育委員長、公民館長、社会福祉協議会長、青年会長、そのほか学識経験者などから構成されている。
 また、施行規則「自然環境の保護基準」として建物の高さは、最高部分が13mを超えない範囲とすることや建物の外部色彩については赤色や橙色など派手な色を避けること、営利を目的とする広告看板は禁止することなどが定められている。
コテージの建物
開田中学校

3.景観形成事業の取り組み

 村では条例によって景観保全を進めるとともに、住民と一緒になって様々な景観整備事業を進めてきた。これらの取り組みを通じて、住民の景観に対する意識の高揚が図られているように思う。また近年は、景観づくりに対して住民の自主的、主体的な取り組みも目立つようになっている。そこで、これまで実施してきた主要な景観形成事業を紹介する。
■公共施設景観整備事業(1970年頃〜)

 近年、古い建物は現代風に改築されたり、すべて取り壊されて新築されるケースが増えている。今はほとんど見られなくなってしまったが、切り妻の大屋根に石を並べた板葺きの民家は、とてもどっしりとしていて広々とした開田村の風景には本当に良く似合う。たとえ屋根の材質は板葺きでなく茶系色のカラー鉄板を使用していても、切り妻造りの建物は統一性がとれていてデザイン的にも素晴らしいものだ。
 そこで小・中学校や研修センター、公衆トイレ、そば工場など公共施設の建築にあたっては、村の歴史や伝統を考慮し「切り妻造り」で統一を図っている。
 
 また、ゴミステーションについては02年(平成14)から県の補助事業(地域づくり総合支援事業・集落創生交付金事業・コモンズ支援交付金事業等)を活用し、村内各地区ごとに整備を行っている。新築されたものは鉄骨や波トタンなどは使用せず、すべてが木造で周囲の景観に大変なじんでいる。
       木曽町役場開田支所
そば工場
ゴミステーション

銘木百選事業(1988年)

 私たち地元の人にとっては何でもない自然の草花や樹木であっても、都会の人々にとってはとても新鮮で感動的な場合がある。その何でもない山野草や樹木は貴重な資源でもある。そこで88年(昭和63)には15の行政区の区長さんの協力をいただきながらヒノキやサクラ、コブシ、フジなどの樹木56件を銘木として選定。所有者には銘木であることへの認識を持ってもらうために認定証と記念の楯を贈呈し、その保存に努めている。
 
サクラ

■沿道景観整備事業(1989年〜)

 玄関を見ればその家の状況がよく分かると言われるくらい、玄関口は大変重要なものである。これは個人の家庭でも自治体でも同じこと。
 木曽福島町から国道361号の長いトンネルを抜けると開田村に入るが、この村の玄関口である道路の両側約70m、延長で890m余りを34人の地主から借地し、シラカバやカラマツなどの樹木を保存、建物など工作物の建築を制限している。また、沿道には毎年、老人クラブの協力によりコスモスを植えるなどして来訪者の目を楽しませている。
トンネル付近のシラカバ林

■集落内景観整備事業(1989年〜)

 美しく潤いのある景観づくりを進めるためには、住民と行政が基本的理念を共有することが重要。自分たちの村は自分たちで美しくしようという住民の主体的、自主的な取り組みがとりわけ求められる。
 そこで景観に対する住民意識のさらなる高揚を図るため、15の行政区へ10万円(昨年は9.5万円)の補助金を交付、それぞれの地区ごとに独自の景観づくりに取り組んでいただいている。
 花壇づくりや耕作放棄地の活用、老朽家屋の取り壊しなど地域独得のアイデアや様々な発想で事業が行われている。
花壇づくり

■ペンキ代助成事業(1990年〜)

 自然景観に一番大きな影響を及ぼすのは、やはり建物の外部色彩である。特に屋根が赤や水色など派手な色彩の場合、せっかくの美しい景観が台無しになってしまう。
 そこで、派手な屋根の色を茶系色に塗り替えていただいた場合、1坪当たり100円の補助金を交付している。年間20件余りの申し込みがある。
ペンキ塗り替え

サインシステム整備事業(1995年〜)

 かつては旅館や民宿、そば屋などの広告看板が村内各所に乱立し、自分本意のこれらの看板は、周囲の自然景観を著しく壊していた。そこで82年には野立看板を撤去し、木造で茶色の面に白の箱文字を基調とした統一サインを整備。その後、95年にはさらに改良型の農村風情を代表する「はぜ」をモチーフにしたサインシステムを構築し、現在に至っている。
 主要交差点へ設置した一番大きな広域サインは高さ3.8m、幅2m。木曽五木の一つであるコウヤマキを使用し、茶系のアルミとプラスチックの合板をベースに文字部分は白色で主要な公営施設や民間の大規模施設などを表示している。また、下部分には枠がはめられており、この中であれば企業のロゴ使用など自由な表現が認められている。この統一サインは設置場所や施設規模の大小、公共性の強弱などに応じて広域、中域、狭域など3つの種類に分けられている。95年から5年間で52箇所が整備された。
新サインのモチーフになった「はぜ」
新しいサイン

村外機関への協力要請(1994年)

 村の中には村外の関係機関の施設や建物が多く存在している。それらの施設が必ずしも景観に配慮しているとは言い難い場合もある。そこで94年には木曽福島町にあるNTT木曽支店、中部電力(株)、木曽建設事務所、木曽警察署(公安委員会)など4機関へ「景観に配慮した施設等の整備」について協力を要請。電柱や交通安全施設、道標支柱の設置などについては、景観に十分配慮した対応をとるようにお願いしてある。同年には関係者で景観形成懇談会を開催し、意見交換を行った。

茶ポールへ電柱の取り替え
   
  
   電話ボックス   道路標識
         

そのほかの取り組み
 このほか村が設置する街灯や消防の消火栓ホース格納箱、看板などについても景観に十分配慮している。街灯は御岳と木曽馬を切り絵風にデザインした茶系の鋳物製ボードを取り付けてあり、周囲の景観になじむように工夫してある。また、ホース格納箱は茶系色に統一し、文字部分は反射シールを施し夜間でも光が当たれば目立つようにしてある。
街灯 ホース格納箱

住民の主体的取り組み

 沿道景観を損ねている中に建設業者の資材置き場があるが、コンクリートブロックやU字溝、コンパネなどが積み上げられている光景は、目を覆いたくなる場合もあるほどだ。 そんな中、93年には村内大手の建設業者が国道361号沿いの資材置き場の前にイチイを植樹、さらに大きな自然石を配し、その間にはツツジを植えるなどして景観の美化に努めてくれた。もちろん役場から補助金などは出ていない。本当に有り難いことであった。
 柳又地区では共同の野菜販売所の建築にあたって、共有林から伐り出したヒノキ材を使用し、切り妻りの民家風に仕上げてくれた。とても景観にマッチした造りになっている。
 また、把ノ沢地区の老人クラブは国道361号沿いへオミナエシを植えており、毎年夏から秋にかけて黄色の美しい花を咲かせている。地元を代表する山野草を植栽するという老人クラブの取り組みは、とても先進的で重要な考え方だと思う。
 このほか馬橋の老人クラブでも国道沿いの花壇の手入れを行っており、毎年美しい花々が私たちの目を楽しませてくれている。
自然石を積んだよう壁 建設資材置き場の目隠し
石置き屋根の無人販売所 老人クラブが手入れしている花壇

4.今後の課題

 一歩一歩着実に景観事業を進めていく中で、最近は住民の主体的な取り組みも多く見受けられるようになり景観に対する意識も高まりつつある。
 今後、さらに快適で潤いのある美しい村づくりを進めるためには、耕作放棄地の解消や森林の整備、伝統的民家の保存などの課題も少なくない。
 今まで以上に住民コンセンサスを得ながら基本理念の共有化を進めるとともに、景観問題のみならず環境や自然保護、ゴミ、リサイクル問題などまで含めた幅広い意識の高揚を図っていくことが重要であると思う。


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